前回(サポートキャラ編)に引きつづき『ディディーコングレーシング』のキャラクターボイスについて解説していきたいと思います。
Tricky(ザウルスゾーン)とは
正々堂々なんてクソ食らえといわんばかりのフライングに、当時小学生だった私は面くらったものです。
ちなみにフライングは英語で[(a) false start]と言います。
オリンピックの陸上競技などを観ていると目にすることがあるかと思います。せっかくなので競争関係の用語をまとめてみました。
さて、本題に移りましょう。
※字幕の性質上、一部対訳になっていない箇所がこざいます。
初戦時
WELL DONE, KID!
よくここまできたな!ひよっコめ。
Now I challenge you to a RACE!
さあ、オレさまとしょうぶしろ!
“well done”は目上のものが目下の者を、または同格以下の人を褒めて言う表現。逆は失礼になるので注意!
日本語にすると「よくやった」「でかしたぞ!」という感じです。
中ボスにたどり着くまでに一連のレースをこなしているはずなので、その背景を踏まえて「よくここまできたな!」という訳になっているんですね。
形としては<well+過去分詞>になるのですが、このパターンの表現が口語ではよく好まれます。
well said:そのとおりだ・よく言った。相手に同意する表現。
well put:上手いこと言ったな・言いえて妙だな。相手の表現を褒めていう。putには「表現する」という意味があるためこのような訳になる。
“kid”は子供や若者に対する呼びかけに使います。
口語でよく話されるのですが、kid自体に見下したニュアンスはなく、訳としては他に「ボウズ」「小僧」とか「ちびっ子」「ボウヤ」なんかでもいいでしょう。
エンディングから察するにこのTrickyは恐らく恐竜の群れ(家族?)を率いるボスなので、少し高圧的というか偉そう(ひよっコ)に訳されているんですね。
一人称は「オレさま」
英語の一人称は基本的に[ I ]しかありませんので、和訳の際の一人称は翻訳者に委ねられることになります。
『ディディーコングレーシング』ではあまり気にしていないのか、ウィズピッグを含むボスの一人称は全て「オレさま」に統一されています。
まあ、威厳付けの一種でしょうか。
“challenge 人 to~”は人に(競争を)挑む
字幕では命令文になっていますが、英語では平叙文2ですね。
平叙文のまま訳すなら「さあ、オレさまとしょうぶだ!」という感じ。
初戦撃破時
WELL DONE, KID!
ひよっコにしては、よくやったな!
Now try my NEW challenge!
こんどは、オレさまのザウルスゾーンの
Collect ALL of my SILVER COINS
4つのコースぜんぶで
From around the DINO DOMAIN!
それぞれシルバーコインを8まいあつめ
You must find 8 from each level and WIN!
そのうえ、レースにかたねばならんぞ!
And then come back to see ME!
ぜんぶあつめたら、またオレさまのところへこい!
字幕での「オレさま」はザウルスゾーンにかかっていますが、英語だと”my SILVER COINS(オレさまのシルバーコイン)“になっています。
一方、他のボスは皆“the SILVER COINS”で統一されています。
シルバーコインは彼の私物なのでしょうか?ちなみに字幕ではどのボスも「オレさま」はゾーン(エリア)にかかっています。
前置詞+前置詞
“From around…”って前置詞+前置詞じゃん!前置詞の後ろは目的語(名詞)じゃないの?
文法を覚え始めた頃は、一義的な定義に凝り固まってしまうことがよくあります。
ですが自分の知識にあぐらをかかず、未知の問題に直面した時は素直に確認することが肝要です。
さて表題の前置詞+前置詞についてですが、これは文法的には全く問題ありません。
このパターンの代表例が[from all over the world(世界中から)]になるでしょうか。
前置詞というのは文中において場所・時間・状態などを明示するための品詞です。しかし、前置詞一つで全て表現できるというわけではありません。
”From around the DINO DOMAIN!”は品詞分解すると「前置詞+前置詞+目的語」になります。
直訳は「DINO DOMAIN(ザウルスゾーン)中から」となり、意味合いは「ザウルスゾーンから集めて周れ」ということ。
もちろん単に[from the DINO DOMAIN(ザウルスゾーンから)]としても問題はないのですが、aroundをつけた方が「一連のレースをキッチリこなせ」という含みを持たせることができます。
要するに前置詞+前置詞の組み合わせは、描写をより正確にしたい
ことに尽きるケースが多いです。2番目の前置詞がないと全く別の意味になってしまうこともありますが、なくても大差ないというパターンが珍しくありません。
当然ですが前置詞の順番には決まりがあります。[around the DINO DOMAIN]はより正確に言うと一つの塊、すなわち前置詞句(=前置詞+目的語のセット)であり名詞的な働きをしています。
「前置詞+前置詞」と書きましたが、厳密には「前置詞+前置詞句(ここでは名詞相当句3として働いている)」であり、前置詞fromの目的語が前置詞句(around the DINO DOMAIN)、すなわち名詞相当の句であるため文法的に矛盾しないというわけです。
ですので、前置詞+前置詞の並びを見たら落ち着いて語順から意味を読み取っていきましょう。
※前置詞句=名詞相当句とは限りません。形容詞的に名詞を修飾する形容詞句、動詞や節を修飾する副詞句として働くこともあります。端的に言えば置く位置によって用法が決まります。
再戦時
FANTASTIC!
おまえはすごいやつだな!
If you can beat me AGAIN,
もういちどオレさまにかってみろ!
I’ll give you a SPECIAL PRIZE!
そしたら、とっておきのほうびをやるぞ。
”If you can beat me AGAIN,”も字幕では命令形ですが、本来はifから始まる平叙文です。原文のニュアンスを残すなら「もういちどオレさまにかてたら」が適当。
[beat]の類義語に[defeat]がありますが、違いに注意です。
[beat]は主に肯定文で用い、「S(主語)が~に勝つ」という勝利の文脈であることが多いです。
一方[defeat]のほうは、主に受動態4で用い、「S(主語)が負けた」という敗北を意味する文脈で好まれることが多いです。
このことは名詞の意味からも顕著で、[defeat]と違い[beat]に敗北の意味はありません。
ちなみに[beat a game]で「ゲームをクリアする」という意味にもなります。
向こうの人はゲームにも勝ち負けを求めるというか、そもそもgameは試合だったりボードゲーム等の遊具を指していたわけですから当然といえば当然なんですけどね。
Man (A) : I’ve already beaten the three houses!
FE風花雪月はもうクリアしたぜ!
Man (B) : How can you do that when it’s not out yet?
まだ発売してもいないものをどうやってクリアすんだよ?
[special prize]は特別賞のこと。ですが少し堅い表現に感じてしまいますね。
字幕の「とっておきのほうび」は上から目線のボスの威厳が感じられるので良い落しどころではないかと思います。王が家来を褒めるかのように「褒めてつかわす」って感じで。
再戦撃破時
WELL DONE, KID!
おまえみたいなひよっコにまけるとは…
You’ve earned a PIECE of the AMULET!
しかたがない。アミュレットのかけらをやろう。
Now try the TROPHY CHALLENGE!
トロフィーレースにもチャレンジするんだぞ!
See You Later!
またレースしようぜ!
英語だとそうでもないですが(褒めてるだけ)、字幕では少し悔しさがにじみ出ていますね。
“See You Later!”
[see you later5]が別れの挨拶だというのはご存知でしょうが、字幕では言外のニュアンスを含めて意訳されていますね。他のボスと違うのが、[goodbye]ではなく[see you later]を用いているということ。[see you later]は別れの挨拶として最も一般的なものの一つで、再会を期待している表現でもあります。
すなわち、また会うことになるという含みを持っているわけです。
ところが、[goodbye]は必ずしもそうではありません。通常の挨拶としても使えますが、もう二度と会うことはない(かもしれない)、永遠の別れなどでもよく耳にします。
[farewell]なんかも同じで、[farewell party(送別会)]という言葉からも意味が汲み取れますね。よく耳にするフレーズとしては[say goodbye]があるでしょうか。最近私がやったゲームだと『BIOHAZARD RE:2』のアイアンズ署長がこう言ってました。
クレアに銃口を突き付けながら、シェリーを脅している場面です。
アイアンズは「言うこと聞かないとクレアにさよならを言うハメになるぞ」と言っているんですね。当然この[goodbye]はクレアを射殺することを示唆しています。
私のやるゲームが偏っているせいか、敵役がこのセリフをよく言うイメージがあります。
交渉が決裂した時に[have to say goodbye]とか言ったりね。
さて『ディディコン』に話を戻します。前述の通り[see you later]を使うのはこのTrickyだけで、他はみな[goodbye]です。
そしてそれは翻訳にもキチンと反映されています。Trickyは「またレースしようぜ!」と再会の意思を見せていますが、他は「じゃあな」「バイバイ」といった別れの言葉だけです。
実際このゲームのボスを倒す意味があるのは2回目までなので、そこが事実上の別れになるプレイヤーがほとんどだと思います。
よって再会を(確実に)期待しているのは彼だけということになります。他のボスも[goodbye]の後に言葉が続けば違ったかもしれませんが…。
このTrickyは「ナワバリのボス」感が、特に字幕のほうに強く顕れているような気がします。プレイヤーをひよっコと呼んだり、自身の敗北に驚きつつも、自分から「レースしよう」と誘ったり。
最後にはプレイヤーを一人前と認めたような印象を受けます。一人前、仲間として認めてくれたからこそ「また会おうな」と言ってくれているのかもしれませんね。
プレイヤー敗北時(Bubblerと共通)
Tough luck kid!
残念だったな。
Maybe next time!
こんどはがんばれよ。
Come back whenever you’re ready!
いつでもかかってこい!
プレイヤー敗北時のセリフ集です。各ゾーンのボスたちはウィズピッグに洗脳されている設定らしいですが、基本的に皆慰めてくれます。
まあ、みんなフライング野郎なんですが。
“Tough luck”とは不運のこと。[tough]の代わりに[hard/bad luck]としてもいいです。「ツイてなかったな」ということです。
ひよっコ呼ばわりしている割には、負けた相手のことをディスったりしないのがいいですね。
“Maybe next time”は省略表現ですね。[maybe]と[next time]の間に隠れている内容は文脈から察することができます。
ゲーム内のセリフを利用してあえて補うなら「Maybe you can beat ME next time!(今回はダメだったけど)次は勝てるかもな!」という感じでしょうか。
この[maybe]という副詞は、「多分・もしかしたら」という話し手が可能性を示唆する単語で、くだけた会話でよく使われます。
ジーニアス英和辞典を引いてみますと、以下のように定義されています。
文中で用いる時は通例文頭に置きます。断言を避け、発言を和らげる働きをします。
ディディーはウィズピッグに勝てるかもしれないし、負けるかもしれない。
会話中だと[maybe+副詞]で省略表現を作ることが多いです。[maybe not(多分違う)]はよく言われますね。
“Come back whenever you’re ready!”
直訳は「準備できたらいつでも戻ってこい」。
“whenever”ではなく“when”を使ってもいいですが、前者のほうが「何回でも挑戦を受けてやろう」というボスの自信・懐の深さが伝わってきますね。
総括
ザウルスゾーンのボス“Tricky”はナワバリのボスのような威厳を感じさせる(特に日本語字幕)が、実力を認めた相手はレースに誘うなど気さくな一面も。
4つの中ボスのうち再会を予期しているのは彼だけである。
次回はスノーゾーンのボス、タキシード(の前掛け?)が印象的なセイウチのBluey編です。乞うご期待!!
参考動画(1:02~2:25)
参考動画(プレイヤー敗北時)
P.S. 余談ですが敗北時のセリフ集めのために10数年ぶりにシルバーコインチャレンジをするハメになりました。だってYouTubeにないんだもの…。
でも子供のころやりこんだせいか、アドベンチャー表くらいなら割と楽勝ですね。